《にんぴにん》。キ……貴様はコノ俺を……オ……オモチャにして殺すのか……コ、コ、コノ冷血漢……」
「科学はいつも冷血だ……ハハ……」
相手は白い歯を出して笑った。突然に空を仰いで……嘯《うそぶ》くように……。
私は夢中になった。イキナリ立ち上って檻《おり》の中から両手を突き出した。相手の白い診察着の襟《えり》を掴んでコヅキ廻した。
「……サ……ここから出せ……出してくれ……この檻の中から……そうして一緒に研究を完成しようじゃないか……ね……ね……後生《ごしょう》だから……」
私は思わず熱い涙に咽《む》せんだ。その塩辛い幾流れかを咽喉《のど》の奥へ流し込んだ。
けれども診察着の私は抵抗もしなければ、逃げもしなかった。そうして患者服の私に小突かれながら苦しそうに云った。
「……ダ……メ……ダ……お前は俺の……大切な研究材料だ……ここを出す事は出来ない」
「ナ……ナ……何だと……」
「お前を……ここから出しちゃ……実験にならない……」
私は思わず手をゆるめた。その代りに相手の顔を、自分の鼻の先に引き付けて、穴の明く程覗き込んだ。
「……何だと! モウ一ペン云って見ろ」
「何遍云ったっておんなじ事だよ。俺はお前をこの檻の中に封じ籠《こ》めて、完全に発狂させなければならないのだ。その経過報告が俺の学位論文になるんだ。国家社会のために有益な……」
「……エエッ……勝手に……しやがれ……」
と云いも終らぬうちに私は、相手のモシャモシャした頭の毛を引っ掴んだ。その眼と鼻の間へ、一撃を食らわした。そうして鼻血をポタポタと滴らしながらグッタリとなった身体《からだ》を、力一パイ向うの方へ突き飛ばすと、深夜の廊下に夥《おびただ》しい音を立てて……ドターン……と長くなった。そのまま、死んだように動かなくなった。
「……ハッハッハッ……ザマを見ろ……アハアハアハアハ」
七本の海藻
曇り空の下に横たわる陰鬱な、鉛色の海の底へ、静かに静かに私は沈んで行く。金貨を積んで沈んだオーラス丸の所在をたしかめよ……という官憲の命令を受けて……。
潜水着の中の気圧が次第次第に高まって、耳の底がイイイ――ンンと鳴り出した。続いて心臓の動悸がゴトンゴトン、ボコンボコンという雑音を含みながら頭蓋骨の内側へ響きはじめる。それにつれて、あたりの静けさが、いよいよ深まって行くような……。
……どこか遠くで、お寺の鐘が鳴るような……。
灰色の海藻の破片がスルスルと上の方へ昇って行く。つづいて、やはり灰色の小さい魚の群が、整然と行列を立てたまま上の方へ消え失せて行く。
眼の前がだんだん暗くなり初める。
……とうとう鼻を抓《つま》まれても解らない真の闇になると、そのうちに重たい靴底がフンワリと、海底の泥の上に落付いたようである。
私は信号綱を引いて海面の仲間に知らせた。
私は潜水|兜《かぶと》に取付けた電燈の光りをたよりに、ゆっくりゆっくりと歩き出した。まん丸い、ゆるやかな斜面を持った灰色の砂丘を、いくつもいくつも越えて行った。
しかし行けども行けども同じような低い、丸い砂の丘ばかりで、見渡しても見渡しても船の影はおろか、貝殻一つ見当らなかった。……のみならず私は暫く歩いて行くうちに、そこいら中がいつともなく薄明るくなって、青白い、燐《りん》のような光りに満ち満ちて来たことに気が付いた。……沙漠の夕暮のような……冥府《あのよ》へ行く途中のような……たよりない……気味のわるい……。
私は静かに方向を転換しかけた。何となく不吉な出来事が、私の行く手に待っているような予感がしたので……。けれども、まだ半廻転もしないうちに、私はハッと全身を強直さした。
ツイ私の背後の鼻の先に、いつの間に立ち現われたものか、何ともいえない奇妙な恰好《かっこう》をした海藻の森が、涯《は》てしもない砂丘の起伏を背景にして迫り近付いている。
……海藻の森……その一本一本は、それぞれ五六尺から一|丈《じょう》ぐらいある。頭のまん丸いホンダワラのような楕円形をした……その根元の縊《くく》れたところから細い紐《ひも》で海底に繋がっている。並んだり重なり合ったりしながら、お墓のように垂直に突立っている。蒼白《あおじろ》い、燐光《りんこう》の中に、真黒く、ハッキリと……数えてみると合計七本あった。
私は唖然《あぜん》となった。取りあえずドキンドキンと心臓の鼓動を高めながら、二三歩ゆるゆると後《あと》じさりをした。
するとその巨大な海藻の一群《ひとむれ》の中でも、私に一番近い一本の中から人間の声が洩れ聞えて来た。
低い、カスレた声であった。
「モシモシ……」
私は全身の骨が一つ一つ氷のように冷え固まるのを感じた。同時に、その声の正体はわからないまま、この上もなく恐ろしい
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