めた。
「……オイ……。Y中尉。あの11の単葉なら止《よ》せ。君は赴任|匆々《そうそう》だから知るまいが、アイツは今までに二度も搭乗者が空中で行方不明になったんだ。おまけに二度とも機体だけが、不思議に無疵《むきず》のまま落ちていたという曰《いわ》く付きのシロモノなんだ。発動機も機体もまだシッカリしているんだが、みんな乗るのを厭《いや》がるもんだから、天井裏にくっ付けておいたんだ……止せ止せ……」
そう云って忠告した司令官の言葉も、心配そうに見送った同僚の顔も、みるみるうちに旧世紀の出来事のように層雲の下に消え失せて行った。そうして間もなく私の頭の上には朝の清新な太陽に濡れ輝いている夏の大空が、青く青く涯《は》てしもなく拡がって行った。
私は得意であった。
機体の全部に関する精確な検査能力と、天候に対する鋭敏な観察力と、あらゆる危険を突破した経験以外には、何者をも信用しない事にきめている私は、そうした司令官や同僚たちの、迷信じみた心配に対する単純な反感から、思い切ってこうした急角度の上げ舵《かじ》を取ったのであった。……そんな事で戦争に行けるか……という気になって……。
だが……ソンナような反感も、ヒイヤリと流れかかる層雲の一角を突破して行くうちに、あとかたもなく消え失せて行った。そうして、あとには二千五百|米突《メートル》を示す高度計と、不思議なほど静かなプロペラの唸《うな》りと、何ともいえず好調子なスパークの霊感だけが残っていた。
……この11機はトテモ素敵だぞ……。
……もう三百キロを突破しているのにこの静かさはドウダ……。
……おまけにコンナ日にはエア・ポケツもない筈だからナ……。
……層雲が無ければここいらで一つ、高等飛行をやって驚かしてくれるんだがナア……。
……なぞと思い続けながら、軽い上げ舵を取って行くうちに、私はフト、私の脚下二三百米突の処に在る層雲の上を、11機の投影が高くなり、低くなりつつ相並んで辷《すべ》って行くのを発見した。
それを見ると流石《さすが》に飛行慣れた私も、何ともいえない嬉しさを感じない訳に行かなかった。大空のただ中で、空の征服者のみが感じ得る、澄み切った満足をシミジミ味わずにはいられなかった。……真に子供らしい……胸のドキドキする……。
……二千五百の高度……。
……静かなプロペラのうなり……。
……
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