妖怪に出遭ったような感じに囚われたので、そのままなおもジリジリと後じさりをして行った。すると又、右手に在る八尺位の海藻の中から、濁った、けだるそうな声が聞えて来た。
「……貴方《あなた》は……金貨を探しに来られたのでしょう」
 私の胸の動悸が又、突然に高まった。そうして又、急に静かに、ピッタリと動かなくなった。……妖怪以上の何とも知れない恐ろしいものに睨《にら》まれていることを自覚して……。
 すると又、一番向うの背の低い、すこし離れている一本の中から、悲しい、優しい女の声がユックリと聞えて来た。
「私たちは妖怪じゃないのですよ。貴方がお探しになっているオーラス丸の船長夫婦と……一人の女の児《こ》と……一人の運転手と……三人の水夫の死骸なのです。……今、貴方とお話したのは船長で、妾《わたし》はその妻なのです。おわかりになりまして……。それから一番最初に貴方をお呼び止めしたのは一等運転手なのです」
「……聞いてくんねえ。いいかい……おいらは三人ともオーラス丸の船長の味方だったのだ」
 と別の錆び沈んだ声が云った。
「……だから人非人ばかりのオーラス丸の乗組員の奴等に打ち殺されて、ズックの袋を引っかぶせられて、チャンやタールで塗り固められて、足に錘《おもり》を結《ゆ》わえ付けられて、水雑炊《みずぞうすい》にされちまったんだ」
「……………」
「……それからなあ……ほかの奴らあ、船の破片を波の上にブチ撒《ま》いて、沈没したように見せかけながら、行衛《ゆくえ》を晦《くら》ましちまやがったんだ」
「……………」
「……その中でも発頭人《ほっとうにん》になっていた野郎がワザと故郷の警察に嘘を吐《つ》きに帰りやがったんだ。タッタ一人助かったような面《つら》をしやがって……ここで船が沈んだなんて云いふらしやがったんだ……」
「ホントウよ。オジサン……その人がお父さんとお母さんの前で、妾を絞め殺したのよ。オジサンはチャント知っていらっしゃるでしょ」
 という可愛らしい、悲しい女の児の声が一番最後にきこえて来た。七本のまん中にある一番|丈《たけ》の低い袋の中から洩れ出したのであろう……。あとはピッタリと静かになって、スッスッという啜《すす》り泣きの声ばかりが、海の水に沁み渡って来た。
 私は棒立ちになったまま動けなくなった。だんだんと気が遠くなって来た。信号綱を引く力もなくなったまま…
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