……どこか遠くで、お寺の鐘が鳴るような……。
灰色の海藻の破片がスルスルと上の方へ昇って行く。つづいて、やはり灰色の小さい魚の群が、整然と行列を立てたまま上の方へ消え失せて行く。
眼の前がだんだん暗くなり初める。
……とうとう鼻を抓《つま》まれても解らない真の闇になると、そのうちに重たい靴底がフンワリと、海底の泥の上に落付いたようである。
私は信号綱を引いて海面の仲間に知らせた。
私は潜水|兜《かぶと》に取付けた電燈の光りをたよりに、ゆっくりゆっくりと歩き出した。まん丸い、ゆるやかな斜面を持った灰色の砂丘を、いくつもいくつも越えて行った。
しかし行けども行けども同じような低い、丸い砂の丘ばかりで、見渡しても見渡しても船の影はおろか、貝殻一つ見当らなかった。……のみならず私は暫く歩いて行くうちに、そこいら中がいつともなく薄明るくなって、青白い、燐《りん》のような光りに満ち満ちて来たことに気が付いた。……沙漠の夕暮のような……冥府《あのよ》へ行く途中のような……たよりない……気味のわるい……。
私は静かに方向を転換しかけた。何となく不吉な出来事が、私の行く手に待っているような予感がしたので……。けれども、まだ半廻転もしないうちに、私はハッと全身を強直さした。
ツイ私の背後の鼻の先に、いつの間に立ち現われたものか、何ともいえない奇妙な恰好《かっこう》をした海藻の森が、涯《は》てしもない砂丘の起伏を背景にして迫り近付いている。
……海藻の森……その一本一本は、それぞれ五六尺から一|丈《じょう》ぐらいある。頭のまん丸いホンダワラのような楕円形をした……その根元の縊《くく》れたところから細い紐《ひも》で海底に繋がっている。並んだり重なり合ったりしながら、お墓のように垂直に突立っている。蒼白《あおじろ》い、燐光《りんこう》の中に、真黒く、ハッキリと……数えてみると合計七本あった。
私は唖然《あぜん》となった。取りあえずドキンドキンと心臓の鼓動を高めながら、二三歩ゆるゆると後《あと》じさりをした。
するとその巨大な海藻の一群《ひとむれ》の中でも、私に一番近い一本の中から人間の声が洩れ聞えて来た。
低い、カスレた声であった。
「モシモシ……」
私は全身の骨が一つ一つ氷のように冷え固まるのを感じた。同時に、その声の正体はわからないまま、この上もなく恐ろしい
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