した。
 その紹介状は開き封になっておりまして、柴忠さんから是非一度読んでおくように云われました。それから別に岡沢先生に宛てて柴忠さんから出される郵便の中味も見せて頂きましたが、どちらにも私の事を死んだ友人の一人娘と書いてありまして、両親の事なぞはすこしも洩らしてありませんでしたので、ほっと安心したことで御座いました。

 女のつまりませぬくり言を長々と書きつけまして嘸《さぞ》かしお倦《あ》きになったことで御座いましょう。
 けれども、その時の私は一生けんめいの思いで御座いました。そうしてそのせいか、門司から備後《びんご》の尾ノ道まで乗りました汽船にも酔いもせずに、三日三夜かかって新橋に着きますと、岡沢先生御夫婦のお迎えを受けまして谷中《やなか》の閑静なお宅に御厄介になりましたが、それから後《のち》というもの、今日は中村珊玉様をお訪ねしようか、明日《あした》は歌舞伎座へ行こうかと思いながらも、これという手蔓は愚か方角さえもわかりませぬ情なさ……と申して岡沢先生に、このようなことをお打ち明けする訳にも参りませず、途方に暮るるばかりで御座いました。それに東京のめまぐるしさと賑やかさと、とり
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