は筆にも言葉にも尽されませんでした。わけても私のお母様が阿古屋の押絵人形を作ってお上げになったお嬢様には、もう御養子がお見えになっておりましたが、お二人とも私を親身の妹のように可愛がって下さいました。
 けれども私は十六の年の春に高等小学校を卒業致しますと間もなく、思い切って芝忠さんにお暇《いとま》を願って東京の音楽学校に入る決心を致しました。それは、ちょうどその頃に、大浜から程近い市小路《いちこうじ》という町に在ります教会で、オルガンというものを弾き習いまして、西洋音楽というものが面白くて面白くてたまらなかったからで御座いましょうが、今一つには、もうこの上にどんなに辛棒しようと思いましても、生れ故郷の福岡には居られないような気持ちになったからでも御座いました。
 そのわけと申しますのは、ほかでも御座いませぬ。……あれは新聞に出た不義者の子よ……東京一の女形《おやま》俳優と、福岡一の別嬪《べっぴん》夫人の間に出来た謎の子よと、指さし眼ざしされておりますことが、成長いたしますにつれてわかって来たからで御座いました。
 学校の修身の時間なぞに、先生が何の気もなく貞女のお話なぞをしておられま
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