様をお出しになったそうですが、その時はお母様もどんなにお仕事がお忙がしくとも「ハイ」と云ってお出かけになりましたそうです。お父様も朝晩神様や仏様に手をお合わせになるほかに、お祖母様がおすすめになる御符や神水なぞも、すなおにおいただきになりましたそうで、決して迷信なぞとは仰言らなかったそうです。
 そんなにして家中《うちじゅう》が子供を欲しがっておいでになりましたところへ、私というものが出来ましたのですから、そのお喜びはどんなだったでしょう。
 今まで黙っておいでになりましたお父様は、いよいよその年の八月に六月目の岩田帯《いわたおび》をお母様がなさるようになりますと、胎教というのをお初めになりましたそうです。それについては、どのような故事がありましたものか、よく存じませぬけれども、やはり漢学の方で支那から伝わった事で御座いましょう。今までお父様とお座敷にお寝《やす》みになったお母様を、お台所の広い板の間の横に在るお茶の間に、たった一人でお寝ませになって、お父様だけがお座敷にお残りになり、又、お祖母様はお玄関の横の御自分の室《へや》に、今までの通りにお寝みになるのでした。そうして、そのお母
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