る。君さえ承知してくれれば君は僕の妻だ。僕は生命《いのち》も何も要《い》らないのだから。その証拠にサア接吻を……接吻を………」
ああ。何という雄々《おお》しいお心で御座いましょう。何という御親切で御座いましょう。もし私があの時に気絶せずにおりましたならば、どのような事になっておりましたでしょうか。
やがて、ひとりでに気がつきました時に、私の唇や頬に残っておりました貴方様のほのめきのおなつかしかったこと。悲しゅう御座いましたこと……。
ああ。あの時に私は、どんなに泣きましたことか。何事も御存じないあなた様を、こんなにまでお苦しめ申し上げる私の罪深さ、運命の意地の悪さを、どのように怨み悶えて泣きましたことか。
そのうちに夜が明けかかりますと、私は附添の看護婦さんの寝息を見すまして起き上りまして、高い熱のためにフラフラ致しますのを構わずに、身のまわりのものを纏めて病院を脱け出しました。それから演奏の時に着ておりましたものの上に被布《ひふ》を羽織りましたまま汽車に乗りまして、故郷の九州福岡へ帰りました。そうして博多駅より二つ手前の筥崎《はこざき》駅で降りまして人目を忍びながら、私の氏神
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