するうちに、私の顔を御覧になるとフイと妙な顔になって、口を噤《つぐ》まれました時の心苦しさ。切なさ。子供ながらに級全体のお友達の視線が、私の身体《からだ》に焼きついているように思って、うつむいて泣いておりました時の情なさ。
「こちらには中村半太夫の舞台姿にソックリの娘さんが居るそうですが、チョット見たいものですネエ」
というお客の声に対して柴忠さんが、
「ヘエ。それは今お茶を持って来ましょうから、その時によう御覧なさいませ。ハハハハハ」
と力なく笑われる声を、障子の外で聞きまして、そのまま、お納戸《なんど》に隠れて泣き伏しました時の口惜しう御座いましたこと。
それから又、私はすこし大きくなりますと、身体の疵《きず》を人に見られるのが恥かしくてたまらないようになりましたので、ソッと奥様にお願いしまして、わざと夜中過ぎに、奥のお湯に入れていただいておったので御座いますが、或る冬の夜《よ》のこと、切り戸の外で、
「見えようが……」
「ウン。見える見える。恐ろしい大きな疵ばい。ナルホド……」
というような下男たちの囁《ささや》きが聞こえましたので、そのまま浴槽《ゆぶね》のなかに首まで沈みながら、お湯が冷たくなるまで我慢しておりました時の情のう御座いましたこと……あとでふるえながら夜具の中にちぢこまって、夜通し寝もやらずに泣いて泣いて泣き明かした事でございました。私のお母様に限ってそんな事をなさる筈がない……と幾たび思い直そうとしましても、私の眼鼻立ちが中村珊玉様の舞台姿に似ているという事実ばかりは、どうにも致しようがないのでした。
そればかりでは御座いません。私が東京に行こうと決心致しましたに就きましては、私自身にもわかりませぬ、もっともっと不思議なわけがあるので御座いました。
私はそんな風にして泣かされているにはおりましたものの、それでも毎晩お終《しま》い湯に這入りましてお掃除を済ましたあとで、お湯殿の姿見鏡《すがたみ》をのぞいて見ないことは御座いませんでしたが、その中《うち》に、いつからともなく奇妙な事に気がつきはじめました。それは私の思いなしか、それともその日その日の気もちから来たことも御座いましたでしょうか。そんな風にして柴忠さんのお家中《うちじゅう》が寝静まられた後《あと》に、たった一人でお湯殿の鏡に向い合っておりますと、その中に映っております私の顔が
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