重《ひとえ》、頑丈な金網で包まれて、絵馬堂の西の正面に並べられているので御座いますが、それを見上げておりますうちに、これは、もしかしたら、その押絵の中に籠《こ》もっております、貴方様と私との運命を包む神秘の力が、今一度新しく、私の心に働らきかけているのではないかしらと思いましたくらい、私の身うちがゾクゾクと致して参りまして、何かしら不思議なお酒に酔っているような気持ちになってしまったので御座いました。
その時ほどに運命の力というものをシミジミと嬉しく、楽しいものに感じましたことは私の一生のうちに一度も御座いませんでしたでしょう。
この世の中に運命でないものは一つもない。ですから私はこの病気で死ぬものときまってはいないでしょう。
もしかすると今一度、不思議と健康な身体《からだ》になって、あなた様にお眼にかかるような事がないとも限りませぬ。
そのような運命を知っておりますのはこの二つの押絵ばかり……その中でも、刀を振り上げている犬塚信乃と、琴を弾いている阿古屋の二人だけが、何もかもチャンと知っているので、その運命に、私のかよわい力が逆《さか》らおうとしても何の役に立ちましょう。
私はこうした運命の手に抱《いだ》かれて、貴方様のお傍に参りましょう。そうしてお懐かしいお胸に縋《すが》って、今までの事をスッカリお打ち明けして、心ゆくまで泣かして頂きましょう。
それが私のホントの運命なのでしょう。
こんなような、七八《ななや》つの子供が夢みますような、甘えた、安らかな気持ちになりまして、うつつともなくウトウトしながら上りの汽車に乗ったことで御座いました。
東京へ帰りつきますと、わざと、場末の名もないような小さな宿屋に泊りました。そうして前にも申上げましたように、そこであれから後《のち》の新聞を読んだので御座いますが、その記事の中でも、とりわけて身を責められました貴方様の御親切の程……それは私の肉体と心につき纏うております世にも恐ろしい、不思議な秘密のすべてを露《あら》わにしてお眼にかけましても、後《あと》へはお退《ひ》きになりそうに思われませぬお心のほどと、そのために急に重くおなり遊ばした御病気の事を承知致しますと同時に、あなた様と私との運命を支配致しております、あの押絵の神秘の力を、どのように空恐ろしく思い知りましたことでしょう。どのようにその新聞紙を抱《い
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