、その相手によく似た子供を生んだり生ませたりすることが出来る――
……まあ、何というステキな子供らしい空想で御座いましょう。
けれどもその時の私には、そのような事が本当にあり得なければならぬとしか思えないので御座いました。そうして、それから後《のち》の私は、そんな事実が本当にあることかどうかを、たしかめようと思いまして、毎日のように上野の図書館に行きました。むずかしい産科の書物や心理学の書物を何十冊ほどめくら探りに読みましたことでしょう。図書館の人はおおかた私が産婆の試験を受けているとでも思われたのでしょう。そんな書物の名前を色々教えて下さいましたので私は心から感謝しておりましたが、今から考えますと可笑《おか》しいような気も致します。
けれども、そのような不思議なことを書いた書物はなかなか見当りませんでした。そればかりでなく、生れて初めていろいろな事を知りますたんびにビックリする事ばかりで、人中《ひとなか》でそんな書物を読んでいるのが気恥かしさに、図書館行きを止めようかと思った位で御座いましたが、そのうちに遺伝の事を書いた書物を何気なく読んでおりますと、私は又、ビックリすることを発見致しました。
それは「女の児《こ》は男親に似易《にやす》く、男の児は女親に似易い」ということを例を挙げて証明した学理で御座いました。
それを読みました時に私は身体《からだ》中が水をかけられたように汗ばんでしまいました。そうしてせっかく喜び勇んでおりました私の心は又も、石のように重たくなってしまいました。
「お兄様と私とはやっぱり不義の子だ。そうしてそれを知っているのはこの世に私一人だけ……」
そう思いますにつれて、私の眼の前がズーと暗くなって行くので御座いました。
それから後《のち》の私の心は、もう図書館に行く力もない位よわりきってしまいました。御飯さえ咽喉《のど》を通りかねるようになりまして、ただ、岡沢先生御夫婦に御心配をかけないために無理からお膳についているような事でした。
「このごろトシ子さんの風付《ふうつ》きのスッキリして来たこと……それでこの東京に来た甲斐《かい》があるわ……ネエあなた……」
と云ってお二人から褒《ほ》められたり、冷やかされたりしました時の辛《つろ》う御座いましたこと……。
けれども、それでもまだ私の心の底に、あきらめ切れない何かしらが残ってお
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