タ一つのマダムのつけ[#「つけ」に傍点]目なのでした。
 御主人はもとより、心にうしろ暗いところのある時に限って、特別に御自身一流の無技巧の技巧を装うてお帰りになるのでしたが、それでもマダムの無技巧の技巧に対しては、いつもチョットの違いで勝ち目を譲られるのでした。
 ……ハテナ……感付いているのかしらん……いないのかしらん……
 と考えられるだけでも御主人は著しい引け目を感じられるのでした。そうして、その引け目を蔽いかくすべく、御主人は色々な技巧を弄《ろう》されるのでしたが、弄すれば弄するほど技巧が技巧らしく見え透《す》いて来そうになる事を、御主人はオツムがクリヤなだけそれだけクリヤに感じられるのでした。しかも御主人としては、それを是非とも蔽いかくさねばならぬ立場になっておられるだけ、それだけにイヨイヨ技巧の破綻をあらわされることになるのでした。
 ……時々、他家《よそ》へ行ったような気持ちになって、鼻の頭を撫でたくなったり……
 ……妙なところで咳払いが出かかったり……
 ……留守中の出来事を尋ねられる言葉づかいや声の調子が、どうしてもわざとらしい切り口上になりかけたり……
 ……マ
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