ったのよ。胸のまん中を鋭い刃物で突き刺されてね。その胸の周囲《まわり》に宝石やお金が撒き散らしてあったんですって……おまけに傍《そば》に寝ていた女の人達はみんな麻酔をかけられていたので、誰も犯人の顔を見たものが居ないんですってさ」
「……………」
「……ちょうど院長さんは御病気だし、副院長さんは昨夜《ゆうべ》から、稲毛の結核患者の処へ往診に行って、夜通し介抱していなすった留守中の事なので、大変な騒ぎだったんですってさあ。犯人はまだ捕《つか》まらないけど、歌原の奥さんを怨《うら》んでいる男の人は随分多いから、キットその中《うち》の誰かがした事に違い無いって書いてあるのよ。妾《わたし》その号外を見てビックリして飛んで来たの……」
 妹の声が次第に怖《おび》えた調子に変って来た。
 するとその向うからモウ一つ大きな、濁《にご》った声が重なり合って来た。
「アハハハハハハ。新東さん。今帰りましたよ。あっしも号外を見て飛んで帰ったんです。ヒョットしたら貴方じゃあるめえかと思ってね、アハハハハハ。イヤもう表の方は大変な騒ぎです。そうしたら丁度玄関の処でお妹さんと御一緒になりましてね……ヘヘヘヘ……
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