《つか》えてしまった。
 ……何秒か……何世紀かわからぬ無限の時空が、一パイに見開いている私の眼の前を流れて行った。
 ………………………………………………。

「……お兄さま……お兄様、お兄様……オニイサマってばよ……お起きなさいってばよ……」
 ………………………………………………。
 ……私はガバと跳《は》ね起きた。……そこいらを見まわしたが、ただ無暗《むやみ》に眩《まぶ》しくて、ボ――ッと霞んでいるばかりで何も見えない。その眼のふちを何遍も何遍も拳固《げんこ》でコスリまわしたが、擦《こす》ればこする程ボ――ッとなって行った。
 その肩をうしろから優しい女の手がゆすぶった。
「お兄様ってば……あたしですよ。美代子ですよ。ホホホホホ。モウ九時過ぎですよ。……シッカリなさいったら。ホホホホホホ」
「……………」
「お兄様は昨夜《ゆうべ》の出来ごと御存じなの……」
「……………」
「……まあ呆れた。何て寝呆助《ねぼすけ》でしょう。モウ号外まで出ているのに……オンナジ処に居ながら御存じないなんて……」
「……………」
「……あのねお兄様。あのお向いの特等室で、歌原男爵の奥さんが殺されなす
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