手足の血痕を洗い落されました。そうして愚《おろか》にも、麻酔に使われた硝子《ガラス》の小瓶を、水洗式の壺に投げ込んで打ち砕いたあとで、水を放流されたまでは、誠に都合よく運ばれたのですが、その軽いコルクの栓が、U字型になっている便器の水堰《みずせき》を超え得ないで、烈しい水の渦巻きの中をクルクル回転したまま、又もとの水面に浮かみ上がって来るかどうかを見届けられなかったのは、貴方にも似合わない大きな手落ちでした。明日《あす》にも私が警官に注意をすれば、あの便所の中から瓶の破片を発見する事は、さして困難な仕事ではないだろうと思われます。……どうです。私がお話しする事に間違いがありますか」
私は私の身体《からだ》の震えがいつの間にか止まっているのに気が付いた。そうして私が丸ッキリ知らない事までも、知っているように話す副院長の、不可思議な説明ぶりに、全身の好奇心を傾けながら耳を澄ましている私自身を発見したのであった。
……何だか他人の事を聞いているような気持になりながら……。
その時に副院長は又一つ咳払いをした。そうして多少得意になったらしく、今迄より一層|滑《なめら》かに、原稿でも読む
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