事を喋舌《しゃべ》って噪《はし》ゃいでいるうちに、ゴトンゴトンと音を立てて出て行った。
青木の足音が聞えなくなると私もムックリ起き上った。タオル寝巻を脱いで、メリヤスのシャツを着て、その上から洗い立ての浴衣《ゆかた》を引っかけた。最前看護婦が、枕元に立てかけて行った、病院|備《そな》え付《つけ》の白木の松葉杖を左右に突っ張って、キマリわるわる廊下に出てみた。
云う迄もなく、コンナ姿をして人中に出るのは、生れて始めての経験であった。だから扉《ドア》を締めがけに、片っ方の松葉杖の所置に困った時には、思わず胸がドキドキして、顔がカッカと熱くなるように思ったが、幸い廊下には誰も居なかったので、十歩も歩かないうちに、気持がスッカリ落ち着いて来た。
私は生れ付きの瘠《や》せっぽちで、身軽く出来ている上に、ランニングの練習で身体《からだ》のコナシを鍛え上げていたので、松葉杖の呼吸を呑み込むくらい何でもなかった。敷詰《しきつ》めた棕梠《しゅろ》のマットの上を、片足で二十歩ばかりも漕《こ》いで行って、病院のまん中を通る大廊下に出た時には、もう片っ方の松葉杖が邪魔になるような気がしたくらい、調子よく
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