く退院したい……外の空気を吸いたい……と思い思い眼をつぶると、眼の前に白いハードルが幾つも幾つも並んで見えた。私にはもう永久に飛び越せないであろうハードルが……。
 私はすっかりセンチメンタルになりながら、切断された股《もも》の付け根を、繃帯《ほうたい》の上から撫でて見た。そうして眠るともなくウトウトしていると、突然に又もや扉《ドア》の開《あ》く音がして、誰か二三人這入って来た気はいである。
 眼を開いて見るとタッタ今噂をしていた柳井副院長が、新米《しんまい》らしい看護婦を二人従えて、ニコニコしながら近づいて来た。鼻眼鏡をかけた、背のスラリと高い、如何《いか》にも医者らしい好男子であるが、柔和な声で、
「どうです」
 と等分に二人へ云いかけながら、先ず青木の脚の繃帯を解《と》いた。色の黒い毛ムクジャラの脛《すね》のあたりを、拇指《おやゆび》でグイグイと押しこころみながら、
「痛くないですな……ここも……こちらも……」
 と訊《き》いていたが、青木が一つ一つにうなずくと、フンフンと気軽そうにうなずいた。
「大変によろしいようです。もう二三日模様を見てから退院されたらいいでしょう。何なら今
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