してしまうと、電球の真下の白いタイル張りの上に投げ出してある白いタオル寝巻きと、黒い革のバンドを取り上げて、不思議そうに検《あら》ためていた事を記憶《おぼ》えている。……俺はドウしてコンナに丸裸になったんだろう……と疑いながら……。しかし私は子供の時分から便所に這入る時に限って、冬でも着物を脱いで行く習慣があったので、多分夢うつつのうちに、そうした習慣を繰り返したのだろうと考え付くと、格別不思議にも感じなくなったように思う。そうして別に深い考えも無しに、どこかへ汚れでも着いていはしないかと思って、一通り裏表を検《あらた》めて、バンドと一緒に二三度力強くハタイただけで、元の通りにキチンと着直した。それから片隅の手洗場のコックを捻《ねじ》って、勢よく噴《ふ》き出る水のシブキに噎《む》せかえりながら、ゴクゴクと腹一パイになるまで呑んだ。それから、そのあとで丁寧《ていねい》に手を洗ったのであったが、それとても平生よりイクラカ念入りに洗った位の事で、左右の掌《てのひら》には何の汚染《よごれ》も残っていなかったように思う。そうしてヤットコサと自分の室に帰ると、いつもの習慣通り、寝がけに枕元に引っかけておいた西洋手拭で、顔と手を拭いたが、その時にはもう死ぬ程ねむくなっていたので、スリッパを穿《は》かずに出かけていたことなぞは、ミジンも気付かないまま、倒れるように寝台に這い上ったのであった。
私の記憶はここで又中絶してしまっている。そうしてタッタ今眼を醒ましても、まだその記憶を思い出さずにいた。……昼間からズーッと眠り続けたつもりでいたのであったが、そうした深い睡眠と、甚だしい記憶の喪失が、私の恐ろしい夢中遊行から来た疲労のせいであったことは、もはや疑う余地が無かった。しかも、そうしたタマラナイ、浅ましい記憶の全部を、現在眼の前で、副院長に図星《ずぼし》を差された一|刹那《せつな》に、電光のような超スピードで、ギラギラと恢復《かいふく》してしまった私は、もう坐っている力も無いくらい、ヘタバリ込んでしまったのであった。
……相手はソンナ実例を知りつくしている、医学博士の副院長である。私の行動を隅から隅まで、研究しつくして来ているらしい人間である。神の審判の前に引き出されたも同然である……。
……と……そんな事までハッキリと感付いてしまうと、私の腸《はらわた》のドン底から、浅ま
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