絡まり込んでいる、茶革《ちゃがわ》のサック様のものを引きずり出したが、その二重に折り曲げられた蓋《ふた》を無造作に開いて、紫|天鵞絨《びろうど》のクッションに埋《うず》められた宝石行列を一眼見ると、私はハッと息を呑んだ。……生れて初めて見る稲妻色の光りの束……底知れぬ深藍色《しんらんしょく》の反射……静かに燃え立つ血色の焔《ほのお》……それは考える迄もなく、男爵未亡人の秘蔵の中でも一粒|選《え》りのものでなければならなかった。生命《いのち》と掛け換えの一粒一粒に相違なかった。
私はワナナク手で茶革の蓋を折り曲げて、タオル寝巻の内懐《うちぶところ》に落し込んだ。そうしてジッと未亡人の寝顔を見返りながら、堪《たま》らない残忍な、愉快な気持ちに満たされつつ、心の底から押し上げるように笑い出した。
「……ウフ……ウフ……ウフウフウフウフウフ……」
それから私がドンナ事を特一号室の中でしたか、全く記憶していない。ただ、いつの間にか私は一糸も纏《まと》わぬ素《す》っ裸体《ぱだか》になって、青白い肋《あばら》骨を骸骨のように波打たせて、骨だらけの左手に麻酔薬の残った小瓶を……右手にはギラギラ光る舶来の鋏を振りまわしながら、瓦斯《ガス》入り電球の下に一本足を爪立てて、野蛮人のようにピョンピョンと飛びまわっていた事を記憶しているだけである。そうしてその間じゅう心の底から、
「ウフウフウフ……アハアハアハ……」
と笑い続けていた事を、微《かすか》に記憶しているようである……。……が……しかし、それは唯それだけであった。私の記憶はそこいらからパッタリと中絶してしまって、その次に気が付いた時には奇妙にも、やはり丸裸体《まるはだか》のまま、貧弱な十|燭《しょく》の光りを背にして、自分の病棟付きの手洗場の片隅に、壁に向って突っ立っていた。そうして片手で薄黒いザラザラした壁を押さえて、ウットリと窓の外を眺めながら、長々と放尿しているのであったが、その時に、眼の前のコンクリート壁に植えられた硝子《ガラス》の破片に、西に傾いた満月が、病的に黄色くなったまま引っかかっている光景が、タマラナク咽喉《のど》が渇いていたその時の気持ちと一緒に、今でも不思議なくらいハッキリと印象に残っているようである。
私はその時にはもう、今まで自分がして来た事をキレイに忘れていたように思う。そうしてユックリと放尿
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