ているミゾオチのまん中に在る……ということを眼《ま》のあたり発見した私は、それこそ生れて初めての思いに囚《とら》われて、思わず身ぶるいをさせられたのであった。
 それから私は、瞬《またた》きも出来ないほどの高度な好奇心に囚《とら》われつつ、未亡人の左の肩から掛けられた繃帯を一気に切り離して、手術された左の乳房を光線に晒《さら》した。
 見ると、まだ※[#「火+欣」、第3水準1−87−48]衝《きんしょう》が残っているらしく、こころもち潮紅《ちょうこう》したまま萎《しな》び潰《つぶ》れていて、乳首と肋《あばら》とを間近く引き寄せた縫い目の処には、黒い血の塊《かたまり》がコビリ着いたまま、青白い光りの下にシミジミと戦《おのの》きふるえていた。
 私は余りの傷《いた》ましさに思わず眼を閉じさせられた。
 ……片っ方の乳房を喪った偉大なヴィナス……
 ……黄金の毒気に蝕《むし》ばまれた大理石像……
 ……悪魔に噛《か》じられたエロの女神……
 ……天罰を蒙《こうむ》ったバムパイヤ……
 なぞという無残な形容詞を次から次に考えさせられた。
 けれども、そんな言葉を頭に閃《ひら》めかしているうちに又、何とも知れない異常な衝動がズキズキと私の全身に疼《うず》き拡がって行くのを、私はどうする事も出来なくなって来た。この女の全身の肉体美と、痛々しい黒血を噛み出した乳房とを一所にして、明るい光線の下に晒《さら》してみたら……というようなアラレモナイ息苦しい願望が、そこいら中にノタ打ちまわるのを押し止《とど》めることが出来なくなったのであった。
 私はそれでもジッと気を落ち着けて鋏を取り直した。軽い緞子《どんす》の羽根布団を、寝床の下へ無造作に掴み除《の》けて、未亡人の腹部に捲き付いている黒繻子《くろじゅす》の細帯に手をかけたのであったが、その時に私はフト奇妙な事に気が付いた。
 それは幅の狭い帯の下に挟まっている、ザラザラした固いものの手触《てざわ》りであった。
 私はその固いものが指先に触れると、その正体が未《ま》だよくわからないうちに、一種の不愉快な、蛇の腹に触ったような予感を受けたので、ゾッとして手を引っこめたが、又すぐに神経を取り直して両手をさしのばすと、その緩《ゆる》やかな黒繻子の帯を重なったまま引き上げて、容赦なくブツリブツリと切断して行った。そうしてその下の青い襦袢の襟に
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