しい、おそろしい、タマラナイ胴ぶるいが起って来た。どうかして逃れる工夫は無いかと思い思い……その戦慄を押さえ付けようとすればする程、一層烈しく全身がわななき出すのであった。
三
その時に副院長の、柔かい弾力を含んだ声が、私の頭の上から落ちかかって来た。
「そうでしょう。それに違い無いでしょう」
「……………」
「歌原男爵夫人を殺したのは貴方に違い無いでしょう」
私は返事は愚《おろか》、呼吸をする事も出来なくなった。寝台の上にひれ伏したまま胴震いを続けるばかりであった。
副院長はソット咳払いをした。
「……あの特等室の惨事が発見されたのは、今朝《けさ》の三時頃の事です。隣家《となり》の二号室の附添《つきそい》看護婦が、あの廊下の突当りの手洗い場に行きかけると、あの室《へや》の扉《ドア》が開《あ》いて、眩《まぶ》しい電燈の光りが廊下にさしている。それで看護婦はチョット不思議に思いながら、室《へや》の中を覗いたのですが、そのまま悲鳴をあげて、宿直の宮原君の処へ転がり込んで来たものです。私はその宮原君から掛かった電話を聞くとすぐに、中野の自宅からタクシーを飛ばして来たのですが、その時にはもう既に、京橋署の連中が大勢来ていて、検屍《けんし》が済んでしまっておりましたし、犯人の手がかりを集められるだけ集めてあったらしいのです。ですから私は現場《げんじょう》に立ち会っていた宮原君から、委細の報告を聞いた訳ですが、その話によりますと歌原男爵未亡人はミゾオチの処を、鋭利なトレード製の鋏で十サンチ近くも突き刺されている上に、暴行を加えられていた事が判明したのです。それから入口の近くに寝ていた看護婦も、麻酔が強過ぎたために、無残にも絶息している事が確かめられましたが、その上に犯人は、未亡人が大切にしていた宝石|容《い》れのサックを奪って逃走している事が、間もなく眼を醒ました女中頭の婆さんの証言によって判明したのだそうです。
……しかし、犯人が、それからどこへドウ踪跡《そうせき》を晦《くら》ましたかという事は、まだ的確に解っていないらしいのです。……室《へや》の中には分厚い絨毯《じゅうたん》が敷いてあるし、廊下は到る処にマットが張り詰めてありますから、足跡なぞは到底、判然しないだろうと思われるのですが、しかし、それでも警察側では犯人が夕方から、見舞人か患者に化《ば
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