るくらい意識していた。だから副院長に話したら訳なく見せてもらえるであろう自分の足の標本を、わざわざ人目を忍んで見に来た位であったが、しかし、そうした私の行動がイクラ滑稽《こっけい》に見えたにしても、私自身にとっては決して、笑い事ではないのであった。この不景気のさ[#「さ」に傍点]中《なか》に、妹と二人切りで、利子の薄い、限られた貯金を使って、ドウデモコウデモ学校を卒業しなければならないという、兄らしい意識で、いつも一パイに緊張して来た私は、もう自分ながら同情に堪《た》えないくらい神経過敏になり切っていた。妹に話したら噴《ふ》き出すかも知れないほど、臆病者になり切っていたのであった。それはもうこの時既に、逸早《いちはや》く私の心理に蔽《おお》いかかっていた、片輪者《かたわもの》らしいヒガミ根性のせいであったかも知れないけれども……。
 そう思い思い私は、変り果てた姿で、高い処に上がっている自分の足を見上げて、今一つホーッと溜息をした。
 その溜息はホントウの意味で「一足お先《さ》きに」失敬した自分の足の行方を、眼の前に見届けた安心そのもののあらわれに外《ほか》ならなかった。同時に、これからは断然足の夢を見まい……両脚のある時と同様に、快活に元気よくしよう……片輪者のヒガミ根性なぞを、ミジンも見せないようにして、他人《ひと》様に対しよう……放ったらかしていた勉強もポツポツ始めよう。そうして妹に安心させよう……と心の底で固く固く誓い固めた溜め息でもあった。
 私はアンマリ長い事あおむいて首が痛くなったので、頭をガックリとうつ向けて頸《くび》の骨を休めた。そのついでに、足下の棚の低い瓶の中に眠っている赤ん坊が、額《ひたい》の中央から鼻の下まで切り割られた痕《あと》を、太い麻糸でブツブツに縫い合わせられたまま、奇妙な泣き笑いみたような表情を凝固させているのを見返りながら、ソロソロと入口の扉《ドア》の前に引返《ひっかえ》した。そこで耳を澄まして扉《ドア》を開くと、幸い誰も居ない様子なので、大急ぎで廊下へ出た。そうして元来た道とは反対に、賄場《まかないば》の前の狭い廊下から、近道伝いに自分の室《へや》に帰ると、急にガッカリして寝台の上に這い上った。枕元に松葉杖を立てかけたまま、手足を投げ出して引っくり返ってしまった。

 久しく身体《からだ》を使わなかったせいか、僅かばかりの散歩
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