のうちに非常に疲れてしまったらしい。私は思わずグッスリと眠ってしまった。しかし余り長く眠ったようにも思わないうちに眼を醒ますと、いつの間にか日が暮れていて、窓の外には青い月影が映っている。その光りで室《へや》の中も薄明《うすあか》くなっているが、青木はまだ帰っていないらしく、夜具を畳んだままの寝台の上に、私の松葉杖が二本とも並べて投げ出してある。大方、私が眠っているうちに看護婦が来て、室《へや》の掃除をしたものであろう。
いったい何時頃かしらんと思って、枕元の腕時計を月あかりに透かしてみると驚いた……四時をすこしまわっている。恐ろしくよく寝たものだ。ことによると時計が違っているのかも知れないが、それにしても病院中が森閑《しんかん》となっているのだから、真夜中には違い無いであろう。とにかく用を足して本当に寝る事にしようと思い思い、もう一度窓の外を振り返ると、その時にタッタ今まで真暗《まっくら》であった窓の向うの特等病室の電燈が、真白に輝き出しているのに気が付いた。こっちの窓一パイに乱れかかっているエニシダの枝|越《ごし》に、白いドローンウォークの花模様が、青紫色の光明を反射さしているのがトテモ眩《まぶ》しくて美しかった。
私はその美しさに心を惹かるるともなく、ボンヤリと見惚《みと》れていたが、そのうちに又、奇妙な事に気が付いた。
気のせいか知れないけれども、病院中がヒッソリと寝鎮《ねしず》まっている中に、玄関の方向から特等室の前の廊下へかけては、何かしらバタバタと足音がしているようである。そう思って見ると、その特等室の眩《まぶ》しい電燈の光りまでもブルブルと震えているようで、人影は見えないけれども室《へや》の中まで何かしら混雑しているらしい気はいが感じられるようである。……もしかしたら歌原未亡人の容態が変ったのかも知れない……と思ううちに、どこか遠くからケタタマしく自動車の警笛《サイレン》が聞えて、素晴らしい速度《スピード》でグングンこっちへ近付いて来た。そうして間もなく病院の前の曲り角で、二三度ブーブーと鳴らしながらピッタリと止まった。……と思って見ているうちに、今度は特等室の電燈がパッと消えた。ドローンウォークの花模様のネガチブをハッキリと、私の網膜に残したまま……。
その瞬間に……サテは歌原未亡人が死んだのだな……と私は直覚した。そうして……タッタ今死体
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