ずれ又……」
と云い棄てて電話を切った。そうして急いで寝室に引っ返して、彼《か》の半分に裂けた岩形氏の名刺を鼻に当てて嗅いでみると果して……果して極めて淡《うす》いながら、疑いもないヘリオトロープの香気が仄《ほの》めいて来た。この名刺が一度、岩形氏の手から女に渡されて、又、何かの理由で岩形氏のポケットに帰って来たものである事は、もはや十中九分九厘まで疑う余地がなくなった。
私は事件のまとまりが、やっと付いたように思ったので内心でほっと安心をした。そうして今聞いた電話の要点だけを熱海検事に報告したが、そのうちに今まで熱心に岩形氏の屍骸の周囲《まわり》を検査していた志免警部は、突然つかつかと私の傍へ近づいて来て、岩形氏の泥靴を私の鼻の先へ突き付けた。
「……何だ……」
と私は面喰って身を引きながら云ったが、志免刑事がそうした理由は直ぐに判然《わか》った。その靴の踵《かかと》の処と、爪先の処に両方とも、普通と違った赤い色の土が、極く細かな線になってこびり付いていた。
「……うん……赤|煉瓦《れんが》の水溜りだね。あそこの家《うち》の……」
と云いながら私はうなずいた。
「……だろうと
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