きりりと締まった口元とであった。しかしその言葉付きと眼の光りは、如何にも日本婦人らしい清《すず》しさをあらわしていて、混血児らしいところや、支那婦人らしい物ごしは毛頭感じなかった。
 その女は一昨十二日の午後一時きっかりに東洋銀行の表口へ俥を乗りつけて、応接間で石持氏に面会すると、革の手提袋から岩形氏の名刺の下半分と、岩形氏直筆の十一万五千円の受取証と、それから田中春と書いた小型の名刺を出して、つつましやかに石持氏に渡した。石持氏はそれを一応調べると、店員に命じて紙幣を丸テーブルの上に積み上げさせて、念のために今一応自身で勘定をして見せたが、相当時間がかかったにも拘わらず、女は極めて注意深く石持氏の手許を見詰めていたようであった。それから石持氏は、
「どうしてお持ちになりますか」
 と訊ねてみると、女は矢張りつつましやかに、
「どうぞ恐れ入りますが新聞紙で真四角に包んで頂きとうございます」
 と云ったからその通りにしてやると、女は手提の中から大きな白|金巾《かなきん》の風呂敷を出して、丁寧に包んで、それから俥屋を呼ぶと新橋二五〇九と染め抜いた法被《はっぴ》を着た、若い二十代の俥屋が這入
前へ 次へ
全471ページ中88ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング