入りの皮の手提げと、濃い空色に白縁を取った洋傘《パラソル》と紫色のハンカチを持っていたそうです」
「金はどうして渡したのか」
「それがです……それが怪訝《おか》しいのです。金を預けてから三日も経たぬ十日の朝に岩形氏は電話でもって支配人を呼び出して、近いうちに自分の預金全部を引き出すかも知れないから、そのつもりでいてくれと宣告したそうです。それで支配人はどこかの銀行へお送りになるのならばこちらで手続きをしましょうかと云ったら……いや全部現金で引き出すのだ。しかしまだ一日や二日の余裕があるから、それまでに準備しておいてくれ。但し、利子だけは残しておくと云ったそうです。支配人は少々困ったのでこう云ったそうです。どうも現金が十万円以上となるとどこの銀行でも一寸には揃いかねます。他の銀行か何かへお組み換えになるのか何だったら今日只今でも宜しゅう御座いますが……と云うと岩形氏は多少怒気を帯びた声で……これだから日本の銀行は困る。自分が一昨日《おととい》預けた時は現金で十四万円を行李に詰めて持って来たではないか。その時には黙って受取っておきながら今更そんな事を云っては困る。これは自分が金を扱う方法だ
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