れから寒くなったのでもう一度上衣と外套を引っかけて、寝台の上に転がったもの……と見る事が出来るので、注射の個所を消毒した形跡もなく、絆創膏を貼った痕もないところ……又は帽子と注射器を枕元に正しく置いて絶息しているところなぞを見たら、ほかの条件がどんなものであろうともとりあえず自殺と決定したくなるであろうことを……。
 しかしこの時の私の頭にはどうしてもこの決定が閃《ひら》めかなかったから不思議であった。しかも、それは私がこの十四号室に這入る前に発見した、彼女の靴跡が先入主になっていたせいでもなければ、岩形氏が手を洗い浄めないまま注射をした……もしくは遺書を認《したた》める間もなく、衣服を改める隙《ひま》もなく、腕をまくる隙《すき》もない程急迫な自殺をした……という事が、私を疑い迷わせたからでもなかった。それよりももっと直接な、大きな疑問……すなわち現在眼の前に横わって、冷たく強直してしまっている岩形氏の屍体の姿そのもの[#「屍体の姿そのもの」に傍点]が、今まで見た事のない、何とも説明の出来ない異常な感じをあらわしている……その異常な感じそのもの[#「異常な感じそのもの」に傍点]が、それ
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