件は、第二回の暗黒公使事件に参考すべき予備知識として、必要欠くべからざる重大事項であると同時に、私がJ・I・C秘密結社の内容を真剣に研究し初めた、その最初の動機になっているのだから止むを得ない。ここにすべてを打ち明けて、私の失敗に関する裏面の消息を明かにしておきたいと思う。
 以上の事実をそれから間もない正八時に登庁して、電話で聴き取った私が、迎えの自動車で現場に到着したのは、岩形氏の屍体が発見されてから約一時間半の後《のち》であったが、ホテルの玄関まで出迎えた部下の二刑事と連れ立って十四号室の前まで来る間に、そこここの室《へや》から、男や女の顔がいくつも出たり引っ込んだりした。皆、今朝《けさ》の出来事を耳にしているらしく、脅えたような眼付きをしていたが、私はそんなものには眼もくれずに、まだ扉《ドア》を閉じて寝ているらしい室《へや》の番号だけを記憶に止めた。一寸《ちょっと》した注意であるが同宿の者の中《うち》に犯人があって、自分が殺しておきながら知らん顔をして寝ていたという実例が数え切れない程ある。そんな疑いのある者は喚び起して眼の球《たま》を見れば亢奮して充血しているのか、睡眠不足で
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