、謹んで希望に堪えませぬ」
 私は無言のまま、そんな固くるしい挨拶を受ける器械みたように腰を折り曲げて礼を返した。そうして挨拶を終るや否や、待ちかねたように掌《てのひら》の中の名刺を見たが、その名刺には矢張り「予備役陸軍歩兵大尉……樫尾初蔵」という二年|前《ぜん》の変名が使ってあった。
 二人はそのままもう一度無言の裡に眼と眼を見交した。その樫尾大尉の艱難《かんなん》に鍛い上げた皮膚の色と、鉄石の如き意志を輝かす黒い瞳を正視した瞬間に、私はすべてを察してしまった。
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……この本名の判らない男こそ真個《ほんとう》の「暗黒公使《ダーク・ミニスター》」である……大和民族の危機を救うべく、世界を跨にかけて活躍奮闘している孤独のダーク・ミニスターである。……今度の事件のからくりは全部この男の仕事なのだ。……この男は嬢次母子や、かくいう私を犠牲にする位の事は、何とも思わないで自由自在にこき使ったのだ……俺は到底この男には適《かな》わない。否々。嬢次母子の気強さにも、志免警視の勇敢さにも俺は到底|敵《かな》いっこないのだ。
……早く警察界を引退していてよかった……。
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