。その足音を聞くと志免警視が急いで玄関に出迎えて、何か二言三言報告じみた言葉を交換しながら請じ入れたが、這入って来た人物を見ると、頭を繃帯で巻き立ててはいるが、さしもに豊富であった黒髯を、見事に剃り落して、軍艦の舳《へさき》のような顎をニューと突き出したハドルスキー……紛う方ない樫尾初蔵氏の堂々たる陸軍大尉の制服姿で、胸に帯びた略綬の中には功四級のそれさえ見える。それからもう一人は白狐の外套に、黒|貂《てん》の露西亜《ロシア》帽を耳深に冠った、花恥かしいカルロ・ナイン殿下であったが、急いで歩かれたせいか真赤に上気しておられるのが、又なく美しく、あどけなく見えた。志免警視と嬢次|母子《おやこ》は、それとなく壁際に片寄ってゴンクール氏の死骸を隠すように立ち並んだ。
「いや。松平閣下の自動車は大型で淀橋からこっちへは這入らないのでね。うっかりして殿下をお歩かせしてしまいました」
 そう云ううちに樫尾大尉は、死骸の方へは眼もくれずにつかつかと這入って来て、私の前で直立不動の姿勢を執ると、恭《うやうや》しく名刺を差出した。そうして心持ち上半身を傾けたまま、如何にも軍人らしい太い声で挨拶をした。

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