分が支配している警視庁のまん中に立っていながら、廊下にスパイでも居るかのように、わざわざ入口の扉《ドア》を開け放して来て、突立ったまま電文の和訳の残りを読み終ると、もう一度廊下の方をチラリと見ながら、私の顔に眼を移した。そうして容易ならぬ顔付きで訊ねた。
「この電文の内容はどこにも洩れておるまいな」
 この侮辱的な一言はやっと鎮まりかけた私の癇癪《かんしゃく》をぶり返すのに十分であった。思わず皮肉な冷笑を浮べながら云い放った。
「そんなヘマな事は致しませぬ。私は閣下よりも長く警視庁に勤めている者です。のみならず日本帝国の臣民です」
 総監の額に青筋がもりもりと膨れ上がった。そのツルツルした禿頭《はげあたま》の下から頭蓋骨の割れ目がアリアリと見え透《す》いて来た。あんまり立腹し過ぎて口が利けないらしかった。その顔を見上げながら私は心の底で免職を覚悟してしまった。そうして事の序《ついで》にもう一本痛烈な釘《くぎ》をぶち込んで二十年間の溜飲を一度に下げてやろうと決心したのでいよいよ落ち着いて咳払いをした。
「……エヘン……この後《ご》とても私はその秘密を洩らすような事は絶対に致しませんから何
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