かなくなった。
 ……十秒……二十秒……三十秒……。
 ……突然……泣くのか笑うのか判らぬ表情が、その顔に動き初めた。その真白く大きく開いた口の下顎が左右にがくがくと動き出した。その白く蠢《うごめ》く舌の尖《さき》から涎《よだれ》がたらたらと滴った。その左右の緋色の眼は代る代るに大きくなり、又小さくなると同時に、眉は毛虫のように上下にのたくった。頬の肉は耳とつながってぴくぴくと上下し、遂には顔中の筋肉が一つ一つ違った方向に動きはじめた。……それは宛然《えんぜん》たる畜生の表情であった。
 ゴンクール氏は辛うじて自分が死を免れた事を感ずると同時に、畜生の世界に蘇えり初めたのであった。それもこの世の畜生の世界ではない。その身体《からだ》附き、その表情、その喘ぎ方は全く地獄に住む獣類のそれである。地獄の火を取り巻いている獣類の一匹が「死」以上の恐怖に襲われた姿である。
 彼はやがて不意にぶるぶると全身を顫《ふる》わして後退《あとじさ》りしたが又、卓子《テーブル》に両手をかけて女を見入った。女に近づこうとして又立ち竦《すく》んだ。
 暫くして彼は又、突然に、思い出したように飛び上った。両足を踏
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