う事実である。これは苟《いやし》くも日本民族の血を享《う》けて日本に籍を置いている以上、不都合千万な奇怪事というべきで、殊に、警視庁の一課長の椅子に腰をかけている身分でありながら、その時その時の政界の事情に何等の興味を持たないでいるという事は、一見不思議に思われるかも知れないが、しかし、私の性格から見ると、これは決して矛盾した事実と思えなかった。
 すなわち一言にして尽くせば私は、自分の職務に忠実であればあるだけ、そんな政治問題から超越していなければならぬと固く信じていた者であった。一切の出来事に対してどこまでも冷たい、公平な眼を注いで行かねばならぬ。あらゆる世相に対して忘れても色眼鏡をかけてはならぬ……自分一個の興味や感情に囚《とら》われて批判したり研究したりして、職務上の正確な観察を誤ってはならぬ……と寝ても醒めても警戒していた私であった。だから単に職務という立場からいえば、私は不必要なくらい色々な方面に注意を払っていた……同様に国際問題や、内政の秘密等に関しても、直接に必要のない事まで気を付けて研究していたもので、こんな点に関しては、政党の鼻息を伺ってびくびくしている大官連中なぞ
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