っと顔を上げた。何故かしらず、云い知れぬ気持の緊張に双頬《ほお》を白くしながら、キッパリと云った。
「……はい……丸の内で昨日《きのう》から興行を始めておりますバード・ストーンの曲馬団と一緒に参りました」
「えッ。あの曲馬団……」
と私は思わず大きな声を出した。そうして腹の底で……ウームと唸りながら眼を閉じた。
何を隠そう、そのバード・ストーン曲馬団こそは、私の辞職の直接の原因となっているもので、この曲馬団に関する私の意見と、警視総監……否、現内閣との意見が衝突さえしなければ、あんなに憤慨して辞職する必要はなかったものである。同時に、この少年がそのバード・ストーン曲馬団に属していた事が判明するとなれば、問題は最早《もはや》、区々たる呉井嬢次対、狭山九郎太の個人に関係した問題でなくなって来る。拡大も拡大……グーッと範囲を大きくして国家的、もしくは世界的の重大問題と変化して、私の頭の上から大盤石のように圧《お》しかかって来るのであった。
……ところで……話の途中ではあるがここで一応、誤解を避けておきたいのは、かくいう私が所謂《いわゆる》「政治問題」に対して絶対に無関心な人間……とい
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