ない。けれどもこれに対する女の返事は、あく迄も優しく弱々しかった。
「どう致しまして……。そして……あの……もし……御用でも……ございますなら……何なら……私が……」
「はーい。ありがとうございます」
 と云いながらストーン氏は一寸《ちょっと》、室《へや》の中を見まわした。室内の一種異様な気分に気が付いたらしい。氏は机の上の骸骨と書物に眼を注いだ。それから背後の美人画と時計を気軽く振り向いた。そうして非常に失望したらしく眼をぎょろりと剥《む》き出して、念を押すように厳重な口調で問うた。
「……それでは……サヤマ先生は……暫くお帰りになりませんね」
 女は何気なく答えた。
「はい、よくこうして出かけますので……長い時は一週間も……短かい時は一日か二日位で帰って参ります。時には夜中に帰って来たり、朝の間《ま》の暗いうちに帰って来たりする事もございますが、その留守はいつも妾《わたくし》が致しております」
 ストーン氏はちょっと妙な眼付をしたが、やがて又、何気なく尋ねた。
「……先生は……大変お忙しいお方ですね」
「はい。いつも外に出歩くか、さもない時には家《うち》に居りましても器械をいじった
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