朝の雲を見ている。構図は頗《すこぶ》る平凡であるが、筆者は評判の美人画家青山|馨《かおる》氏だけに、頗る婉麗《えんれい》な肉感的なもので、同氏がこの頃急に売り出した理由が一眼でうなずかれる代物である。その次は、これも正面の壁の左上に架かった金色|燦爛《さんらん》たる柱時計である。蛇紋石《じゃもんせき》を刻み込んだ黄金の屋根に黄金の柱で希臘《ギリシャ》風の神殿を象《かたど》り、柱の間を分厚いフリント硝子《ガラス》で張り詰めた奥には、七宝細工の文字板と、指針があって、その下の白大理石の床の上には水銀を並々と湛えたデアボロ型の硝子《ガラス》振子が悠々閑々と廻転している。
 それからもう一つは、大机の書架の前に置かれた紫檀《したん》の小机の上に置かれた白い頭蓋骨である。この髑髏《どくろ》は多分標本屋から買って来たものであろうが、前の二品ほどの価格はないにきまっている。けれどもその黒い左右の眼窩《がんか》が、右正面の裸体美人の画像を睨み付けて、室《へや》中に一種|悽愴《せいそう》たる気分を漲《みなぎ》らしている魔力に至っては他の二つのものの及ぶところでない。否……彼《か》の裸体美人も黄金の神殿型
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