ズ――ウと降りて来た。立ち上ろうとしたが膝が石のように固まって動かない。叫ぼうとしたが胸が鉄より重くなって呼吸《いき》が出来ない。やっとの思いで、わななく手を額に当てたが、その額は硝子《ガラス》のように冷たかった。
 忽ち粗《まば》らな拍手が起った。その音に連れて、眼の前の靄がズ――ウと開いた。楽屋の入口から燕尾服《えんびふく》を着た日本人と、水色の礼服を着たカルロ・ナイン嬢が静々と歩み出して来るのが見えた。
 私は長い、ふるえた溜息をホ――ッとした。同時に全身の緊張が弛んで、腋《わき》の下から滴《したた》る冷汗を押える事が出来た。
 ナイン嬢と燕尾服の男は広場の真中まで来ると並んで立ち止った。
 二人が見物に対して丁重な敬礼を終ると、ナイン嬢が流暢《りゅうちょう》な英語で左《さ》の意味の事を述べた。
「……満場の淑女……紳士方よ……。
 妾《わたし》は先ほど皆様にお目見得致しまして、拙《つたな》い技を御覧に入れました露西亜《ロシア》少女カルロ・ナインでございます。
 わたくしは今、バード・ストーン曲馬団の団員一同を代表致しまして、謹んで皆様にお詫び致さなければなりませぬ事が出来ました
前へ 次へ
全471ページ中276ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング