|引返《ひっかえ》して様子を窺った足跡を、室《へや》に這入る前に窺ったものと見たために、女の殺意を認めたのです。面目次第もありません」
 若い熱海検事は子供のように顔を赤くした。
「そう云われると僕も面目ないです。ただ志村氏が窓を開いたままにして、横向きに寝て、窓の外を大きな眼で睨んでいる状態が何となく尋常でなかったので、もう一度考慮し直してみたいと思っただけです。……しかしこの話を外務省が聞いたら吃驚《びっくり》しましょうね」
 私は苦笑しながら熱海氏の前に手紙を差し出した。
「志村のぶ子と、樫尾初蔵の処分方法は、貴官《あなた》から外務省へ御交渉の上、御決定下さい。二三時間の中なら、捕縛の手配が出来ると思います」
「承知しました……しかし……」
 と熱海検事は又も顔を染めて微笑した。私が差出した手紙と聖書をちらりと見たが、別に受取ろうともしないまま、心持ち口籠《くちご》もって云った。
「……放ったらかしといても……よくはないでしょうか」
 この大胆な放言には流石《さすが》の私もどきんとさせられた。そうして思わず熱海検事の手を握らせられたのであった。
「……実に……御同感です。志村のぶ
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