へ連れて来たのです。そうして、なおも時間の余裕を女に与えるために、捜索が一通り済んだ頃を見計らって、この手紙を渡して、吾々が読み終るのを見済まして逃走したのです。否……吾々に落着いて手紙を読み終らせるために逃走を差し控えていたものとしか考えられないのです。追跡の出来ないように一台をひょろひょろの箱自動車にしたのも彼奴《あいつ》の仕事に違いありません。全く吾々を馬鹿にしているのです。大胆極まる奴です。素晴らしい手腕です」
熱海検事はうつむいたまま、熱心に私の説明を傾聴していたが、又もにこにこしながら顔を上げた。
「貴方は何故直ぐに電話で手配をなさらないのですか」
私は帽子を脱いで熱海氏の手を握った。
「私は貴方の説に降参しました。岩形圭吾、否、志村浩太郎は自殺したのです。あの金は志村のぶ子が、その夫から正当に貰ったものです。この手紙の内容は樫尾が日本政府の機密機関に属する人間である以上全部真実を告白して私共の許しを請うているものと見るべきで、彼女は毒薬とも全然無関係な筈です。私はステーション・ホテルの廊下にあった女の足跡を、前後反対の順序に見ていたのです。室《へや》を出てからもう一度
前へ
次へ
全471ページ中184ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング