向き直った態度の立派さには又、敬服しましたよ。樫尾に相違ないと思い込んでいた私でさえ……ハテナ。違うのか知らん……と疑った位でしたからね。志免以下の連中が気付く筈はありません。そのうちに手紙を読んでいる間じゅう気を付けてみますと、表に自動車の動き出す音がちっともしません」
「いかにも……」
「これには全く一ぱい喰いましたね。やはり樫尾じゃなかったのか。只の運転手だったのかと思い思い手紙を読んでしまった訳です」
「成る程……ご尤《もっと》もです」
「ところがです……手紙を読んでしまうと同時に気付いた事は、これだけの長文の手紙をタイプライターで叩き出すには、いくら慣れた手でも二十分はかかる筈です。ところで志免警部が、あの自動車を見付けて、追跡して帰って、自働電話に出ていた私と打合わせを終る迄の時間を十分と見ます。そうして私が日比谷から警視庁に帰って自動車に乗る迄の最少限の十分間を加えると丁度二十分となりますが、一方に女の乗った三五八八の自動車が三宅坂を登ってこの教会に到着する迄の時間は、私共が同じ自動車で同じ距離を走った時間と差引いて差引|零《ゼロ》になるとしても、女の云う逃走用の時間の八
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