せながら説明した。
「何。訳もない事です。私はこの聖書をカフェー・ユートピアで手に入れたのです。樫尾初蔵から志村のぶ子に送った暗号入りのもので、暗号の最後がかしを[#「かしを」に傍線]となっておるものです。ところが今の運転手が、この手紙を持って這入って来た時の態度に五分の隙もないのを見まして、直ぐに、此奴《こいつ》は容易ならぬ奴だ……事によると此奴が樫尾かも知れないぞと気付きました。しかももし樫尾とすれば今から一時間半ばかり前に日比谷の横町で私と衝突しそうになった時に、自動車の中から私に『馬鹿野郎』を浴びせて行った運転手と同一人に相違ないのです。私という事を知り抜いていながら知らない振りをして、私の判断を誤らせるために、一瞬間に思い付いてあんな事を云ったものに違いないのです」
「……成る程……大胆な奴があるものですな……」
 と熱海検事はいよいよ驚いたらしく眼をしばたたいた。
「……あれ程の奴は滅多に居りません。明石閣下のお仕込みだけありますよ。……しかし最前志免警部に呼び止められた時は、流石にはっとしたらしかった態度でしたが、その一刹那のうちに……ナニ。大丈夫だとタカを括《くく》って
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