届を認《したた》めておりました折柄、タキシー運転手姿の樫尾が、転がるように駈け込んで参りまして、夫志村の変死を告げ知らせました。そうして息せきあえぬ早口で次のような忠告を致しました。
「この事件には必ず狭山様の御出勤を見るであろう。そうとなれば貴方《あなた》がた御夫婦の今日までの売国的行動も水晶のように見透かされてしまうであろう。外務省の欠勤届なぞいう呑気《のんき》なものを書いている隙《すき》はないのだ。一刻も早く樫尾が指図する通りにして外国に逃れて時節を待つ考えを定《き》められよ。元来、J・I・Cの首領W・ゴンクール氏はずっと前から貴女《あなた》に懸想《けそう》していて、無理にも志村氏を殺そうとしているのだ。そうして人質に取った嬢次殿を枷《かせ》にして是非とも貴女を靡《なび》かせようと謀っている者である。だから貴女の生命《いのち》がなくなった暁《あかつき》には、必要もない人質の嬢次殿の運命が、どのような事になって行くかは、考える迄もないであろう。これまで打ち明けた上は何もかもお解りであろう。樫尾の言葉が真実である事を明かに覚られたであろう。とにも角にも一刻も早くこの教会から姿を消す事
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