でない。お前を裏切らせると嬢次の生命が危なくなるから、裏切るなら俺一人で裏切りたいと思っていたからなのだ。いずれにしてもお前の事は狭山という人によく頼んでおくから、安心して日本に居れ。J・I・Cが総がかりで来ても、又は樫尾の智恵を百倍にしても、あの人の一睨みには敵《かな》わない。お前は狭山さんを知っているだろう」
と申しましたから、お顔だけは新聞紙上でよく存じている旨を答えましたところ、
「それならばいよいよ好都合だ。俺の事は決して心配しなくともよい。現に一昨日《おととい》の晩も、朝鮮人らしい奴が一人|尾行《つけ》て来たから、有楽町から高架線の横へ引っぱり込んで、汽車が大きな音を立てて来るのを待って振り返りざま、咽喉元を狙って一発放したら、ガードの下の空地に走り込んでぶち倒れた。しかし其奴《そいつ》は死ななかったらしく、今でも図々しく俺を追いまわしているが、そんな奴を恐れる俺じゃない。唯気にかかるのは非国民の名だ。だから、お前は伜の事は思い切っても、俺と一緒に非国民の汚名を受けないようにせよ。今夜でも宜しいから狭山さんの処へ行って事情を打明けて保護方をお願いせよ。狭山さんは剣橋《ケン
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