、去る九日の午前出勤中に外務省の機密局長M男爵閣下宛、配達致して参りました封書中に、夫の筆跡に相違ない無記名のもの一通を見付けましたので、思わず胸を轟《とどろ》かせました。そうしてその手紙をこっそりと自分の室に持ち帰りまして秘密に開封して読んでみますと、これこそ妾の夫志村がM男爵閣下に、J・I・Cの暗号基帳と、団員の名簿を手交致しますために、大森の山王茶寮で当夜の九時にお眼にかかりたい云々と認めました約束の文書でございまして見るも胸潰るる恐ろしい内容でございました。
けれども妾はやっとの思いで心を落着けまして、その封書を元通りにして男爵閣下の机に返しました。そうしてその夜、大森の山王茶寮で、M男爵と面会して帰りかけました夫を途中で待ち受けまして、無理に当教会の地下室に伴いまして、J・I・Cに対する裏切りの行いを、きびしく責めたのでございますが、僅か二三日の間に見違える程やつれ果てました夫は、淋しく笑いますばかりで、私の申します事を少しも相手に致しませぬ。その上に兼ねてより酒類売買で蓄えておりました十五万円の財産全部を私に与えまして、永久に別れようではないかと申し出でました。
妾はこ
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