に予想した通り、私がこの女に会いさえすれば万事が氷解する段取りになって来たではないか。しかもその勝敗の決する時間は今日の午後五時……時計を出してみると、今から約三時間半の余裕がある。……彼女が紅海丸に乗らなかったのも、多分この会見に心を惹かれたためであろう。
 こう考えて来るうちに私は思わず武者振いをした。……この事件はちっぽけな殺人事件として片付ける訳に行かなくなった。うっかりすると日本民族の存立にかかわるような大事件を手繰《たぐ》り出すかも知れない。畜生。どっちにしても相手は大きいぞ……と逸《はや》る心を押し鎮めるべく敷島を一本|啣《くわ》えながら公園の中にある自働電話に駈け込んで、警視庁に電話をかけて赤原警部を呼び出した。これは新聞記者を避けるために私が用いる常套手段で、このために私は殆んど毎日五銭以上の損害を新聞記者から受けていると云っていい。
 出て来た赤原巡査部長に何か報告はないかと尋ねると、直ぐに答えた。
「志免警部は十一時半までに横浜から何の報告もありませんでしたから、御命令の通りに各港へ電報と電話と両方で、女の乗客を調べるように通達致しました。それからタイプライターと
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