いたり、溜息をしたりしているようにも見えた。
ところがそのうちにボーイがウイスキーを入れた珈琲を持って行くと、その男はどうした途端《はずみ》か卓子《テーブル》の上に取り落したので、慌てて外套のポケットから白いハンカチを出して押えた。それを女は引き取って綺麗に拭き上げて、よく絞ってから男に渡すと、男はそれを外套のポケットに入れた。その時に女は、自分の持っている紫のハンカチを男の方に差し出したが、男はそれを受け取ってちょっと指の先と口の周囲《まわり》を拭いたまま、すぐに女に返そうとすると女は……要《い》らない……というような手真似をしたので、男はそれを左のポケットにしまい込んだ。そうして急に大きな声を出して、
「おい。ボーイ。ウイスキーだウイスキーだ」
と呶鳴《どな》った。女はやはり悲しそうに男の顔を見ていた。
ところでここいらまではボーイも客人もちょいちょい二人の様子を見ていたが、間もなく大勢の客がどかどかと這入って来て酒を呑んで騒ぎ出したので、二人の存在がそれっきり忘れられてしまった。尤もその間の二十分間ばかりというもの、男と女はひそひそと話ばかりしていたが、しまいに男は又かなり
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