…それだけ……」
「承知しました」
「では行って来る」
「ちょっと……待って下さい」
今まで黙って聞いていた熱海検事は、出て行こうとする私を遠慮勝ちに呼び止めた。そうして氏一流の謹厳な態度で私の方へ近づいて来た。
「狭山さん。貴方のお考えは実に御尤も至極ですが、それに就《つい》てちょっとお伺いしたい事があります。これはほんの参考のために過ぎないのですが」
丁度|扉《ドア》に手をかけていた私は、そのまま振り返った。こんな温柔《おとな》しい検事が一番苦手だと思いながら……。
「何ですか」
「貴方はどうしてもこの屍体を他殺とお認めになるのですか」
そう云う熱海氏の静かな音調には、ほかの生意気な検事連中にない透徹した真剣さがあった。私は私の自信を根柢から脅かされたような気がして思わず熱海氏の方に向き直った。
「……無論です。犯人が居るから止むを得ません」
「その婦人は果して犯人でしょうか」
「無論です。挙動が証明しております。……のみならず一度閉まっていた扉《ドア》がどうして開いたのでしょう」
「合鍵はこのホテルに別なのがあります」
検事の言葉がだんだん鋭くなって来た。それと反対に私は
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