妾《わたし》が来た事を黙っていてくれるように……と云って、女から頼まれたんじゃないかと云って、うんと威《おど》かしていい……心臓痲痺を起さない程度に……ハハ……」
私の言葉が終らないうちに轟刑事は、うなずきながら室《へや》の外へ辷り出た。その小走りの跫音《あしおと》が聞えなくなると室《へや》の中が急に森閑となった。窓の外をはるかに横切る電車の音ばかりが急に際立って近付いて来た。
厳粛な二三分が、室《へや》の中を流れて行った。
そのうちに階段を駈け上る跫音が聞えたと思う間もなく轟刑事が息を切らして這入って来た。
「お察しの通りです。午砲《ドン》が聞えたら警察に自首して出ろ。その通りにしなければお前は生命《いのち》が危い。そうしてもしその通りにしたならば妾《わたし》がどこからか千円のお金を送ってやると云ってボーイの母親の所番地を聞いて行ったそうです」
「そうして又、気絶したかね」
「助けて下さいと云ってワイワイ泣き出しました」
「ハハハハハ。正直な奴だ。それじゃ今の命令は全部取消しだ」
「エッ」
と皆は又も電気に打たれたように固くなった。その驚きと疑問に充《み》ち満ちた顔を見廻しな
前へ
次へ
全471ページ中107ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング