輝かしながら……。
志免警視は一歩進み出て少年の肩に手を置いた。
「……正当防衛にしといて上げる。実はゴンクールの自殺なんだけど……あはははは……ねえ諸君そうだろう」
皆一斉にほっと安堵《あんど》のため息を吐いた。
そのうちに嬢次|母子《おやこ》は思わず抱き合って嗚咽《おえつ》の声を忍び合った。一同は粛然と首低《うなだ》れた。
私も椅子に腰をかけたままがっくりとうなだれた。……日本と米国の飛行機が入り乱れて戦う夢を見ながら……。
× × ×
これ位でよかろう。
あとは書いても詰まらない事ばかりだから……。
しかし次の二三項だけはこの事件のお名残《なごり》として是非とも読者諸君に報告しておかずばなるまい。
志村浩太郎氏の遺産は藤波弁護士の尽力で、全部、志村|母子《おやこ》からの寄附の名の下に、死傷者の手当見舞、慰労と、帝国ホテルの損害賠償とに費消された。
樫尾大尉は、翌々晩……忘れもしない大正九年三月二日の夜の松平男爵の招宴をお名残として、又も行方を晦《くら》ましてしまった。あたまと体力を使いきれないで困っているのはあの男であろう。
それからカルロ・ナイン殿下はその後ずっと松平子爵の処に居て、西比利亜《シベリア》の形勢を他所《よそ》に益々美しく大きくなっておられたが、セミヨノフ将軍が蹉跌《さてつ》して巨大な国際的ルンペンとなり、ホルワット将軍が金を蓄《た》めて北平《ペーピン》に隠遁したあとは、巴里《パリー》に隠れておられる父君ウラジミル大公……仮名ルセル伯爵の膝下《しっか》に帰って日本名を象《かたど》ったユリエ嬢と名乗り仏蘭西の舞踏と、刺繍と、お料理の稽古を初められた。
伜のミキ・ミキオ……戸籍名狭山嬢次とも大変にお心安くして下さるようである。
底本:「夢野久作全集7」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年2月24日第1刷発行
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:柴田卓治
校正:かとうかおり
2000年12月27日公開
青空文庫作成ファイル:
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