速達便や電報で妾を呼び寄せるのでございます」
 ストーン氏はこの言葉を聞くとやっと仔細《わけ》が判然《わか》ったらしく点頭《うなず》いた。けれども、それと同時にいよいよこの女に興味を持ち初めたらしく身体《からだ》をすこし乗り出して来た。
「……はーい……それでは貴女《あなた》の御両親は……」
「わたくしには両親も何もございませぬ。ただ叔父一人を頼りに……致しているのでございます」
 女の言葉は急に沈んで来た。そうして又も悲しそうにうなだれてしまった。
 名優……名優と、私は又しても心の中《うち》で讃嘆せずにはいられなかった。その言葉つき……その態度……その着物のなよやかな襞《ひだ》までも、実にしっくりと情をうつしていて、だしに使われている赤の他人の私までも、他に身より頼りのないこの女と、その叔父さんなる者の淋しい生活を気の毒に思わせられた位である。
 まして御同様に赤の他人の、何も知らないストーン氏が、どうして心を動かさずにいられよう。まったくの初対面の美少女に対して、あまりに詮索がましく尋ね過ぎた事を、心から後悔したらしく、如何にも済まない顔になって、ハンカチで鼻や口のまわりを拭いていたが、やがて内衣嚢《うちかくし》から名刺入れを出して、その中の一枚を自分で来たという証拠《しるし》に折り曲げて、女の前の丸|卓子《テーブル》の上に載せた。そうして詫びるような口調で云った。
「……どうぞ……どうぞ失礼御免なさい。私は自分の名前をまだ申しませんでした。そしてお嬢様に大変な失礼な事をお尋ねしました。これは私の名刺です。バード・ストーンと申します。叔父様がお帰りになりました時に見せて下さい。……私は今日大変な用事で伺いました。その用事が急ぎましたから電話をかけないで失礼しました。けれどもお留守で大変残念でした。もしお帰りになりましたら話して下さい。貴女《あなた》から……何卒《どうぞ》……そしてこの手紙を見せて下さい」
 と云ううちに又内ポケットから日本封筒に入れた一通の手紙を出した。それは警視庁専用のもので粗悪な安っぽいものであるが、ストーン氏はそれを如何にも大事そうに名刺の傍に置いて左手の中指でしっかりと押えた。
「これは私の大切な手紙です。私は今、ある一人の子供を探しております。けれども私は上手に探す事が出来ませんから警察……警視庁へ行きました。そこで一番上手な探偵の人に会いました。その人……ミスタ・シメは云いました。……私は警察の力で探すことが出来ます。けれども、そんなに早く探す事は出来ません。只、ミスタ・クローダ・サヤマは直ぐに探す事が出来ましょう。ミスタ・クローダ・サヤマは日本で……世界で一番上手な探偵です。神様のような名人です。その人にお頼みなさい。その人は今留守です。けれども夕方には帰るでしょう。夕方までに横浜を出る船はありませんから、その子供は外国へは逃げられません。それまで安心して曲馬場で待っておいでなさい……と云いました。そうしてこの手紙下さいました。けれども私は横浜に用事がありましたから自動車で行って今帰って来ました。それで貴方、先生に云って下さい。ミスタ・クローダ・サヤマにバード・ストーンが会いたいと申しました。用事は私が自分で会ってお話します。そして……お帰りになったら直ぐに帝国ホテルに電話をかけて下さい。夜でも構いません。一時でも二時でも……帝国ホテルの電話を皆使ってよろしゅうございます。私はいつでも自動車でここへ来るようにしておきます」
 ストーン氏の言葉は次第に事務的な調子に変って来た。その日本語が不完全であればあるだけ、それだけ意味が強く響くような気がした。それからストーン氏はちょっと意味ありげな眼付きでちらりと女の顔を見ると頭をひょいと下げて云った。
「それから済みませんが、ちょっと電話を借して下さいませんでしょうか」
「さあどうぞ」
 と云ううちに女は手ずから受話器を取ってやったらしい。けれども私には見えなかった。私は電話という声を聞くなり、受話器の影法師の蔭からそっと身を退いて、窓の下に跼《しゃが》み込んでしまったから……。
 だから、むろん女もストーン氏も気付かなかったらしく、ストーン氏は腰をかけたまま盛んに帝国ホテルと話し出したが、その言葉は忽ちの中《うち》に下等な亜米利加人特有の粗暴、下劣を極めた方言《スラング》に変って行った。こうした方言《スラング》は亜米利加人でも聞き分け得ない者が多いのだから、ストーン氏は誰にもわからないつもりであったらしい。かくいう私とてもこの一二年の間横浜に行って、下級船員を捕まえて研究していなかったならばチンプンカンプン聞き取り得なかったであろう。
「……もしもし……帝国ホテルですか……ヘロウ。ハドルスキー。どうしたんだ。なに。俺を探していたとこだ。どうしてここ
前へ 次へ
全118ページ中88ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング